川瀬監督を迎えてのトーク
〜写真に映る景色以外のものを撮る〜



映画「あめつちの日々」の当日には、贅沢にも川瀬監督を迎えてのトークがあります。

まっすぐに撮影される川瀬監督の姿勢が映画から滲み出ています。
この映画の前には「紫」染織史家・吉岡幸雄氏とよしおか工房のドキュメンタリーを撮られています。

https://youtu.be/SoGwk7OQ-DM

トークは映画の鑑賞券を買うともれなく無料で入場できます。
映画を見て、監督の話を聞いたり、感じたことを話す時間をいっしょに持てたら嬉しいです。
是非、ご参加ください。

上映①12:30~ 監督舞台あいさつ
   12:50~ 上映

トーク14:30~ トーク(川瀬監督、民藝協会庄司さん、ナガサキリンネスタッフ)

上映②15:30~ 監督舞台あいさつ
   15:50~ 上映

 

「あめつちの日々」サイトより 川瀬監督ブログ

映画「あめつちの日々」のはじまり

2011年。私たちが探していたのは「土」でした。風土と人間の暮らし。
撮ってみたかったのはその絶対的存在でした。田や畑で食物をつくる農家、土壁をつくる庭師、
そして日本各地の陶器窯元をゆっくり見て回る時間を必要としました。
2012年冬。京都「しかまファインアーツ」の四釜尚人氏からある窯元の見学に誘っていただきました。
ともに向かったのは沖縄県読谷村、読谷山焼北窯。那覇から読谷村へ車で58号線を北上する途中に
何度か基地に接近します。場所によっては道路の両側がフェンスです。
この圧迫感は何だろうかと疑問を持ちました。体感した事のない日本の景色。
この景色は私にとって初めてみる沖縄本島の実際だったのです。
四名で持つ共同窯「北窯」。沖縄最大といわれる登窯はダイナミックで上へ上へと昇りあがってます。
窯たきは国内外より用意された大量の薪を飲みこみ真黒な煙を吐き出しています。
目の前でみる窯たきは感動的です。陶器に関わる人のずっと続けらえてきた歴史や器量を深く思い、
人間の手づくりとは何と見事なことなんだろうと、私までもが誇りに感じる思い出深い日となりました。
お会いしたのは松田米司氏。
火のもりをしながらゆっくりとした時間に私の問いに答えてくれました。
「土はなくならないのでしょうか?」
「いずれなくなるかもしれないね。自分たちにも責任はある。
だから懸命に喜んでもらえるものをつくろうと思っている」
人間の知恵の大きさは癒しに近いおおらかさとなる。58号の風景を通過し受けた緊張がすっかり消えていきました。
みつけた。と、思ったのです。
それから2015年。
映画「あめつちの日々」は完成にむけて進んでいます。

 

映画「あめつちの日々」工房撮影初日
この映画のために約2年間の間、工房に短期滞在を重ねていました。
松田米司工房に初めてカメラを入れされてもらった初日のことは明確に覚えています。
撮るぞと決めたものの特に計画はいつものようにありません。
陶器の事も親方の事も私は何も知らないのですからシナリオも書けません。
米司親方は一度も「何を撮るのか」と聞きません。常に穏やかな笑顔です。
初日も見慣れぬ異空間的異物が1名混入したことにも関わらず米司工房は穏やかでした。
職人さんたちは敏感で各々の仕事をしていてもカメラの存在を感じている空気です。
だからといって何がおこるわけでもありません。笑い声が工房に響きます。
私が考えられる日常を保ち仕事は進められていきます。
そういう空気にしてくださっているのでしょうか。それは私にはわかりません。
カメラを持ち込んだ初日にこのような状態でいられるという事が、
どれだけ難しい事であるか….撮影者でしたら理解していただけるかもしれません。
沖縄最大という登窯、空、緑、土、親方たちとお弟子さんたち、元気すぎる蝉の音。
囲炉裏テーブルに座り仕事風景を眺めているだけで実際は何も考えられていません。
たったひとつわかったことがあります。
写真に映る景色以外のものを撮らないと自分の本質ではないということです。
なんと恐ろしいところだと思いました。なんてところに来てしまったんだと思ったのです。
映画はすべて自分次第なんだということです。人生でこんな体験が何度訪れることか。
恐ろしいほどの自由をポンっと眼の前にみせられた、まな板の上の貧弱な映画作家です。
「川瀬さん、工房に波長を合わせてるように見えます」
座って呆然としてる私にあるお弟子さんが言いました。
「こんなオヤジの何撮るの?」(笑)
休憩時間の親方がみんなを笑わせます。
以後、私はお弟子さんたちと同じように頭に手ぬぐい姿となりました。
もちろん誰もなにも言いませんでした。