北窯の日常、人の営みを“感じる”
「あめつちの日々」上映会開催



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10月30日、「あめつちの日々」の上映会を開催するにあたり、わたしたちは皆さんよりも少し早く、スタッフの間でのちいさな試写会を行いました。

 「あめつちの日々」は、とても静かな映画です。監督・川瀬美香さんが、沖縄・読谷村北窯での焼物づくりの日々を、3年間という月日をかけ、淡々と追った作品です。焼物に関する専門用語の解説などもないため、試写会の際には「ふつうの人(普段ものづくりに関わりのない人)や、若い人が観ると、少しわかりにくいかな?」とか「映画の前に、少し説明をしたほうがいいかな?」なんて声もあがりましたが、わたしはこの映画を観て何かを“感じる”、その鑑賞者の感受性を信じるべきだと思いました。
 沖縄のきっぱりとした空の青さや太陽の光、空気や風をも感じさせる美しい映像で切り取った“北窯の日常”は、言葉で説明するよりも、観て、ふれて、感じるほうが早い。現地に行くことが叶うならばそれが一番いいけれど、まずは川瀬監督が見つめた北窯の日々を追体験するように、ただ感じる。上映会では、そんな体験を皆さんにもしていただけたらと、個人的に思っています。

 かくいうわたしが「あめつちの日々」を観て感じたこと、考えたことは、ほんとうにいろいろで、その感想を一言にまとめるのはむずかしいものです。試写会と、10月30日の上映会とでは、きっと感じることが変わるだろう、とも思っています。
ものづくりに向き合う心、静かな情熱。
土地と共にある暮らし、生き方。
生業としてのものづくり。
働くということ。
美しいとは何か。
ものを生み出す上での自我と、
自我を忘れて、ただ、長い長い土地の歴史の流れの中の一点、
繰り返される営みの一部となる意味……。

 観る人の数だけ感じることや受け取ることも変わる、ほんとうに示唆に富んだ作品ですが、そうしたメッセージを“伝えよう伝えよう”とするような饒舌な映画ではありません。それだけに一層、この映画を通して“自分の心で感じる”体験が、ずしーんと、胸に残り続けるのです。

 映画の中で、陶工・松田米司さんは、こう語ります。「個人はいらない。ひたすら手を動かせば、沖縄の色、模様、形になる。暮らしを潤すものになる」。また、一言一句までは記憶が定かではありませんが、これまで手間暇をかけてつくってきた器をいよいよ窯に入れて焼くという段階で、「だめならだめで、いい」とも。
 わたしはその言葉に驚き、言葉にならない「じぃぃん」と響くものを感じました。“達観”ともすこし違う……。ほんとうにすべてが、沖縄の土地、自然ありきであり、まさに「あめつち=天と地」、この世界に生かされているようなものづくり、営みなのだ、と。

 映画ではそんな読谷村の土地が、かつては米軍基地で面積のほとんどを占められていたこと、不発弾処理場であった歴史をもつことも語られています。不発弾処理場が「やちむんの里」となり、沖縄の文化・営みが基地の面積を減らしたことも、ひとつ、象徴的なできごとです。

 長くなってしまいましたが、10月30日、ぜひ長崎県美術館へ足を運んでいただければと思います。当日は川瀬監督のトークもあり、北窯の器も届きます。映画を観て、何を“感じる”か。わたし自身も、二度目の鑑賞を楽しみにしています。

ナガサキリンネ はしもとゆうき

プレイベント 映画「あめつちの日々」上映会 詳細ページはこちら

 

 

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